【演奏会評】22年3月2日 阿部加奈子/北川千紗/新日本フィル(音楽評論家・山田治生氏)

弊社アーティスト・阿部加奈子が2022年3月2日 東京芸術劇場にて、公益社団法人日本演奏連盟主催「都民芸術フェスティバル」に出演、新日本フィルハーモニー交響楽団を初めて指揮しました。阿部加奈子にとって、東京では実に約7年ぶりの現代音楽作品以外での「名曲演奏会」となりました。【ドヴォルザークの一夜】と銘打たれた演奏会で、序曲「謝肉祭」、ヴァイオリン協奏曲イ短調、交響曲第9番ホ短調「新世界より」の3曲が演奏されました。

都民芸術フェスティバル2022・パンフレットより

演奏会後、Twitter、facebookなどのSNSには、一般のお客様の感想が多く投稿され、大変に好意的なコメントを多数頂戴したほか、新日本フィル事務局にも好評のお声が寄せられているようです。

「ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調」演奏時の様子(ヴァイオリン:北川千紗)
(c) Ryota Funahashi

今回、新聞各紙にて本演奏会の演奏会評の掲載がないことを確認したため、演奏会前に音楽評論家・山田治生氏に演奏会評の執筆を依頼しました。なお、弊社アーティストにかかる評論かつ所属事務所からの依頼となるため、弊社からは公平・公正な視点での執筆を依頼させていただいたことを追記させていただきます。

以下が山田治生氏の演奏会評となります。(拡大してご覧ください。なお、テキストでご覧の際は、下部をご覧ください。)

山田治生氏による2022年3月2日開催 都民芸術フェスティバル・新日本フィル演奏会についての評論

弊社としましては、今回の演奏会での出会いと成功をきっかけに、新日本フィルさんとのさらなる関係性の強化、日本での活動をさらに広げられたらと願っております。

今回ご一緒させていただいたヴァイオリニストの北川千紗さんのさらなるご活躍をお祈りするとともに、引き続き、阿部加奈子の活躍にご期待ください。

《音楽評論家・山田治生氏のプロフィール》
1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の軌跡」、「トスカニーニ 大指揮者の生涯とその時代」、「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」(以上、アルファベータ)、編著書に「オペラガイド」(成美堂出版)、共著書に「日本のオペラ」、「戦後のオペラ」、「バロック・オペラ」(以上、新国立劇場情報センター)、訳書に「レナード・バーンスタイン ザ・ラスト・ロング・インタビュー」(アルファベータ)などがある。

《演奏会評のテキスト版は以下をご覧ください》

阿部加奈子、初共演の新日本フィルとクリアで引き締まった《新世界交響曲》

 都民芸術フェスティバル〈オーケストラ・シリーズ〉に指揮者・阿部加奈子がデビューした。このシリーズは、在京の有力オーケストラ8団体すべてが参加する唯一のイベントとして、オーケストラ・ファンの間で人気がある。

 阿部は、3月2日、東京芸術劇場での新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を指揮した。彼女と新日本フィルは初共演であった。阿部は、東京藝術大学の作曲科を経て、フランスに渡り、パリ国立高等音楽院の指揮科で学んだ。現代音楽の解釈に優れ、これまで、140曲以上の世界初演を手掛けている。日本では、2019年と2021年に、東京オペラシティ文化財団主催の「コンポージアム」の武満徹作曲賞本選演奏会で東京フィルハーモニー交響楽団を指揮した。2020年9月には、広島交響楽団の定期演奏会にデビュー。フランクの交響曲とベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:小川典子)で好評を博した。今年7月には、フランスのエクサンプロヴァンス音楽祭でブシュラ・エル=トゥルクのオペラ「Woman at Point Zero」を世界初演する。そして、2024年9月にフランスのドーム交響楽団の音楽監督に就任することが決まっている。現在、オランダに在住。

 この日は、オール・ドヴォルザーク・プログラムが組まれていた。序曲「謝肉祭」が速めのテンポで始まった。指揮の動きはコンパクト。音楽の輪郭ははっきりとしていて、弱音では細やかな情感がこもる。

続いて、北川千紗の独奏で、ヴァイオリン協奏曲が演奏された。北川は、2020年の日本音楽コンクールで第1位を獲得した逸材。東京藝術大学卒業後、桐朋学園大学大学院で研鑽を積んでいる。ドヴォルザークの協奏曲では、第1楽章から、弓の先までしっかりと実の詰まった音を奏で、広がりのあるスケールの大きな音楽を披露した。その力強い音はソリストにふさわしい。第2楽章でも濃厚なカンタービレを聴かせる。少し力みも感じたが。第3楽章では舞曲を踊っているようなところもあった。まわりともよくコミュニケーションが取れている。オーケストラが積極的。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番のアンダンテ。こちらはよい意味で力の抜けた演奏で、彼女のもう一つの面を聴いたように思われた。

 休憩後、阿部はマイクを持って一人で舞台に現れた。6日前に始まったロシアのウクライナ侵攻に触れて、「戦争は不条理に人の命が奪われる悲劇」と語り、この日のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を“平和への祈り”として捧げると述べた。今を生きる我々が音楽を共有する意味を考えさせられるメッセージであった。

 メインは、交響曲第9番「新世界より」。第1楽章から、快適なテンポで進められ、音楽が引き締まっている。音作りはクリア。対旋律や内声、合いの手など、常にメロディ以外の楽器も聴かせる。阿部がかつて作曲を専攻していたことを思い起こす。第2楽章も、流れがよく、幾重にも重なった音の動きが明確に描かれる。そして弱音表現にはノスタルジアを感じる。とりわけ第2ヴァイオリンやヴィオラのトレモロが印象に残る。第4楽章も速めに進められた。ここではクラリネットやチェロのカンタービレが感動的だった。

「新世界」は、ドヴォルザークの望郷の念が強く表れた交響曲である。長く祖国を離れて音楽活動を行う阿部はドヴォルザークのノスタルジアに強く共感を覚えるに違いない。だからこそ、彼女は、ドヴォルザークのボヘミアへの思いから、より普遍的なノスタルジアを表出することができたのである。

 演奏にはところどころキズや乱れもあったが、リハーサルが1日だけでは仕方のないことだと思われる。新日本フィルも、基本的には、初共演の阿部に協力的であった。この日のドヴォルザーク・プログラムには心動かされると同時に聴き慣れた名曲に新たな発見もあった。パリ音楽院の指揮科を卒業した唯一人の日本人指揮者だけに、次回は、ドビュッシーやラヴェルのフランス近代音楽、ストラヴィンスキーなどのレパートリーを十分に練習時間の取れる演奏会で聴いてみたい。阿部加奈子の今後の活躍に注目である。(山田治生)